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しろうのブログ

フィクションの話

『七月の骨』のはなし

七月の骨 (BIG SPIRITS COMICS SPECIAL)

 

吉田聡先生の『七月の骨』は、作者のデビュー前の体験をもとに創作された架空の若者・時田サトシくんが漫画家を目指して悪戦苦闘するさまを描いた漫画です。

 

この漫画は『湘南爆走族』を作った人間の成功劇ではなく、また何かを作る人の楽しさ・熱さを描いたものでもなく、むしろ何も生み出せなくてくすぶる若者のもがき呻きをひたすら描いていて、そのエグみもおよそ大御所漫画家が過去の苦労を思い出して描いたとは思えない切実さ、若者らしさがあって、とても好きなのです。


『七月の骨』では三人の漫画家が、漫画の世界のそれぞれの段階で、それぞれ異なる苦しみにあえいでいる様子を描いています。彼らの苦しみはいかに面白い漫画を作るとか、迫りくる困難をはねのけるとか漫画的な迫力のあるものではなく、何かを達成できずに悩んでいる卑近な人間のそれなんです。

 

主人公・時田サトシの余った人生

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主人公の時田君の性格はものすごい面倒くさがりで、本気になることを恐れて雑に生きている割に負けず嫌いで、めんどくさい性格の人です。漫画家になろうと思ったのも、周囲の人間が次々に自分たちの道を見つけて街を離れていくのを見て、焦ってなんとなく始めただけで、特に書きたい何かがあるわけでもない。

 

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彼の中途半端なやる気とは裏腹に、自分の選択した道はどんどん現実味を帯び始め、プロ漫画家・メルシー佐藤先生のアシスタントを始めたことで、その道の過酷さを知ることになります。

 

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時田くんはメルシー先生の漫画家としての生き方に惚れて、彼の漫画の手伝いをしながらなんとなく自分の漫画も描いてみて、先生に見せてアドバイスをもらう、そんな生活に満足し始めてしまいます。しかし、その矢先メルシー先生は引退を決意、漫画家稼業をやめて家族で喫茶店を始めることになり、時田くんはメルシー佐藤というよりどころを失います。

 

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目標のために何もできずにいる彼にとって、プロ漫画家のアシスタントという仕事は無為な時間を埋めるとても真っ当なもので、漫画家にならずとも充実した時間が過ごせていたのでした。自分を囲っていてくれた漫画家の器が急に消えてしまい、自分の力だけで何かを目指さなければならなくなった不安が時田くんを襲います。

 

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夢も目標も、夢中になれるものもなくて、一日24時間ですら使いきれない。周囲の人間が時間がいくらあっても足りない程満ち足りた暮らしを送っている中で、自分だけが無を積み上げているむなしさ、今日も一日を生きてしまうための、もっともらしい口実が足りない。やりたいことも特にないのに、周囲の人間が充実した何かを積み上げて自分を置いてけぼりにしていくのが怖くて、何かしなくてはとソワソワする。何かの作り手としてではなく、独り立ちが目前に迫った若者としての苦しみが、時田くんからひしひしと伝わってきます。

 

 

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漫画家4年目・宮田さんと「幸福の王子

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宮田さんは北海道から上京して2年してから漫画雑誌で新人賞を受賞し、その後2年間、受賞作「泣いたトッペイ」の続編ばかり書き続けて出版社へ毎日持ち込みをしている、25歳の漫画家です。


彼は新人賞を受賞したときの自分を追い続け続編を書き続けているのだけれど、編集者からは本当に今の自分が書きたいものが何なのかを見ていないと言われ、全て没にされる終わりのないスランプ状態に陥っています。

 

しかし彼は初期の時田くんと違って、何かを他人に伝えたいという気持ちに溢れています。その思いを詰め込んだはずの漫画が誰にも受け入れてもらえず、感情がおかしな方向に漏れ出してしまいます。

 

親からの仕送りを削って買った好物のコロッケ、宮田さんの部屋を漁ろうとしていた貧乏な空き巣にあげてしまうのです。

 

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誰かに何かを与えられる人間になりたいという彼のささやかな願望から出たこの奇行、それすらも彼の心満たしてはくれません。

 

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童話の「幸福の王子」のように自分の一部を切り取ってでも他人に幸せを分け与えて、その果てに身を滅ぼしてしまっても構わないと思っているのに、自分には分け与えられるような宝石がない。創作意欲に結果が伴わない苦しみ、時田くんが次に苦しむであろう段階を、宮田さんは生き続けています。

 

この後、宮田さんは「泣いたトッペイ」に縋り付いてきた自分を捨てて、漫画家人生にけりをつける決意作を書き上げたのちに、北海道に帰ってしまいます。その姿は、時田くんに漫画家の世界の残酷さと、それに気づこうとしなかった自分の浅はかさを叩き付けていきます。

 

 


プロ漫画家・メルシー佐藤先生の無音の世界

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時田くんが黎明期にアシスタントとして師事した漫画家メルシー佐藤先生。メルシー先生は母と妻と二人の子供を養う一家の主で、漫画家という稼業に賭ける本気度が時田くんと段違いで、浅い覚悟で漫画の世界に踏み込んだ時田くんの心に喝を入れる存在となります。

 

メルシー先生はホラー漫画の描きおろしを何十冊も出しているベテランなのですが、自分の創作活動に限界を感じ、時田くんを最後の弟子として漫画のイロハを教えたところで漫画を引退してしまいます。

 

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頑張って漫画を描いてみたものの自分語りのエッセイどまりになってしまう時田くんの脳裏に、メルシー先生の言葉がよみがえる場面があるんですが、メルシー先生の、物語を作り上げる時の感覚の話、どこまでも孤独に落ち込んでなにかを作り出すこの考え方がとてもかっこよくて、時田くんがメルシー先生にすがろうとした気持ちもわかるような、人としての芯の強さのようなものを感じたのです。

 

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私も漫画家さんは日常の小さな感動をも見逃さずない、鋭い感度のセンサー持っているからこそ面白い物語を生み出せるのだとなんとなく思っていたのですが、メルシー先生の考え方はその真逆をいっていました。周囲の雑音にどこまでも鈍感になって、自分の経験として心の奥底に固まっている根幹を見つけ、そこにある不純物に物語が集まって雪となって振るのだと。

 

抽象的・感覚的な話で、私には創作に関する技術的なことは何もわからないので、このメルシー先生の言う「無音の中の木」を見つけるのがどんな感覚であるのか、それが物を作るうえでの正解なのかどうかなどはどうでもよく、とにかくこの考え方がかっこいいと感じたのです。

 

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孤独になるとどうしても感覚がとがっていろんなことが気になってしまうのを、ぐっとこらえてもっと一人の無音の世界を作って、自分の根幹にあるものを見つけるという思考、そしてそれを誰かに聞いてほしいと願う気持ち、自分の作品を読んでくれる誰かに対する敬意の払い方が、本当にかっこいいなぁと

 

 

 

私が読みたい苦労の話


漫画家漫画でもバンド漫画でも、製作の過程には様々な困難が登場人物たちを襲い、尋常ではない苦しみを乗り越えて、彼らは自分たちだけの特別なものを作り出します。

 

しかしその苦しみには、何かを作り出す初工程にあたる部分が、端折られているように思うのです。

 

多くの創作系物語では作品が完成したところから、それが周囲にどの評価を受けて、それが次の創作にどのような影響を及ぼしてっていうサイクルを中心に描かれている気がしていて、自分の満足のいくものができるまでの地獄のように長い不毛の時間って、あんまり長くがっつりと描かれることがないように思うんです。『まんが道』でも『BECK』でも、作る→見せる→評価を受けるっていうサイクルが連続して、それが未来の成功に向かって確実に進んでいくというスタイルが多いと思うのです。

 

最初の「作る」の段階でまごついていたら物語が進まないし、そもそも「作る」以前の「やる気を出す」でもたついたりなんてことはまずありません。とてもスムーズに物語を、オリジナルの曲を作り出し、世間に送り出していきます。作るの段階での苦労などは、彼らのあまりある熱意と努力と、いくらかの才能によって、特別な苦労として勘定されていないのでしょう。

 

しかし私は何か独自の物を作るような熱意も才能も持っていない人間で、『七月の骨』の登場人物のように何かを作る、作る気になる段階で死ぬほど苦しんでいる人間の気持ちを読む方が、なんだか共感しやすいのです。

 

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人としてやる気を出す、目標を持って生きる、さらには自分だけの物語を作るという、ダメ人間には到底乗り越えられないようなすさまじいハードルを、ダメ人間の時田くんが必死に乗り越えようと頑張る、その姿、苦しみ方がとても卑近で良いのです。

 

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何が言いたかったのか、とにかく『七月の骨』は漫画家漫画でも成功者の自伝でもなく、一人で何かしらを生み出そうとする人間の努力や苦しみを描いた漫画で、本当にいいシーン、セリフがたくさんあって、読んでて辛くて何度か泣いてしまうほど面白かったということです。