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しろうのブログ

フィクションの話

ファンタジー専業主婦の話

 

ファンタジー世界に登場する専業主婦キャラクターの魅力について、思っていることを書きます。

 

 

ファンタジーのリアリティー

ファンタジーは、現実とはかけ離れた生態系・文化が定着した異次元の世界であって、非現実・非日常を擬似的に体験できるとてもいいものです。ファンタジーは私の生きる現実世界とは全く別の独立した宇宙にあるので、現実味、リアリティーなんてものは必要ありません。むしろ現実との距離が離れていることこそ重要であると思うし、ファンタジーの人間が現実世界に迷い込んで卑近な日常生活を送るみたいな話は苦手です。せっかくファンタジー世界で生まれたキャラをわざわざ現実世界に引き込んで、その距離感を失わせるのはもったいなく感じます。

 

しかしファンタジーがファンタジーすぎても、少し戸惑ってしまいます。あまりにも幻想的で人間の匂いがしないファンタジー世界、そこに登場するキャラたちが読者を楽しませるために作り出された虚構のように思えてしまうのは嫌で、本当にその世界はどこかに存在していて、たまたま作品を通して彼らの人生を垣間見ることができていると思えるような、ファンタジーがファンタジーであり、かつ現実であると感じられることが重要であると思っています。

 

遊園地とかデンズヌイランドの非現実感、あの世界には非現実的で魅力的な空間が広がっていて皆楽しそうなんですが、その世界には誰も生活していない、生きてはいない、楽しい何かが一時の夢として存在しているだけなんです。


ファンタジー世界が一つの宇宙として確かに存在し、生態系があり人々が確かにそこで生活していると思えるような真実味、ファンタジー世界が現実世界と同じように存続し、生きた世界として回転している感じというか、そういう意味でのリアリティーはとても大事であると思っています。

 

そんなファンタジー世界に真実味を生むスパイスのような存在、それがファンタジー専業主婦です。

 

 

ファンタジー世界の専業主婦

ファンタジー世界ではモンスターがいたり中世ヨーロッパ的封建知性が敷かれていたりで、野郎は狩猟・兵役・各種ファンタジー労働に従事する一方、女性が家事をこなし家庭の循環を支える守り人・専業主婦として働いているという分業体制が如実に見られます。ここでは男性にファンタジーのファンタジーらしさ、女性にファンタジー世界で生きることの真実味の要素が割り振られているように感じられて、現実から離れて浮遊状態にあるファンタジー世界に生活という重しをつけ、地に足着いたどっしりファンタジーが生み出されているのです。幻想的な浮遊と現実的な重力のバランスによりファンタジーの確固たる実存を生む、それがファンタジー専業主婦の魅力なのです。

 

 

 

『起動帝国オービタリア』大井昌和
起動帝国オービタリア 01 (ヤングキングコミックス)


主人公アルバが巨大要塞都市・起動帝国オービタリアを操縦する才能を覚醒させ、帝国を守るために他の起動帝国と戦ったりするファンタジーです。

起動帝国オービタリア 02 (ヤングキングコミックス)

この巨大ロボット起動帝国は互いに領土侵犯しないよう、惑星のように周回軌道をとって動き続けている移動型の要塞です。一つの起動帝国の大きさはロボットの腰回りに雲が広がっている数千メートルの規模で、そんな巨大な要塞が体を振り回して戦うさまはとても壮大で、入り組んだ要塞内での三次元的な戦いの様子などもとても楽しいです。

 

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起動帝国はマクロスのようにヒト型の巨大起動ロボットがそのまま居住地区として機能していて、人々はその中で普通に日常生活を送っています。人間が住んでいる、暮らしが成り立っていること、非現実的な世界観の中で人々は真に生きているさまがちょいちょい描かれています。その中でやはりちょいちょい映る専業主婦たちの生活感ある姿がとても良いです。

 

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男たちが起動帝国の作業員であったり戦闘員であったり、オービタリア世界でしか経験できないファンタジー職に従事する中、やはり専業主婦はどっしりと生きることに真剣です。『起動帝国オービタリア』は確かに世界として存在し、そこに生きる人々は確かに生活している、腹をすかして苦しんだり金に困ったりして生きているのだと感じることができるのです。

 

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大井昌和先生はマンション暮らしの主婦たちの日常生活を描いた漫画『おくさん』も同時連載中、主婦の主婦感がとても良い漫画家さんで好きです。

 

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クジラの子らは砂上に歌う梅田阿比

クジラの子らは砂上に歌う 1 (ボニータコミックス)


広大な砂の海に浮かぶクジラの上に住む人々が謎の帝国から襲撃を受け、特殊な念動力を駆使して生き残るために戦うファンタジーです。砂の飛び交う過酷な環境の中で生きる人々の生活様式の特殊さ、泥クジラの街並みの美しさ、念動力による異能力バトルやテレパシー・幻覚など非常に美味しいファンタジー要素満載の漫画です。

 

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謎の軍団からの敵襲を退け、次なる戦闘に備え緊張高まる泥クジラの中でちらっと登場した主人公の友達の母親、非現実的な戦火のなかに見える生活感がすごくよいなと思いました。

 

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その世界でしか取れない謎の食材を調理した謎の携帯食、現実世界を生きる自分たちにはその料理の味も食感も感じることはできませんが、そこに主婦たちの生活の知恵、日々の暮らしの積み重ねが感じられて最高だと思ったのです。また子供を心配している母親の様子にはファンタジーにも現実にも大きな違いはなく、どんな世界を生きていても母親が子の安全を願う様子は同じなのだなぁと楽しくなってしまいます。

 

 

リンドバーグアントンシク
リンドバーグ 1 (ゲッサン少年サンデーコミックス)


空飛ぶ島の上で翼竜の子供と暮らす少年・ニットの下に、巨大な竜に載った海賊が現れ、外の世界へと誘われ冒険に繰り出すファンタジーです。広大な空へのロマンを感じるRPG的ファンタジーの中で、主人公の幼馴染の女の子、その姉であるナンナさんのキャラがとても生活感を出していて素晴らしいのです。

 

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身寄りのない主人公ニットくんの面倒を見てくれている優しい主婦です。仕事を回してくれたり食事を用意してくれたり、何かとニット君の生活を支えてくれています。

 

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ナンナさんはかつてニットの父・メリウスと恋仲にあったという過去があり、外の世界へ飛び立ったまま行方不明となった父の後を追おうとするニットのことを心配し引き留めようとします。

 

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ニット君は結局島の外の世界へと飛び立って彼女の下を離れてしまいます。

終盤では舞台がニットの故郷へと移り、最終決戦を前にニットとナンナさんと再会するシーンがあるのですが、いつのまにか新しい赤ちゃんが生まれてたり、ニットがいなくなった数年の間もしっかり店で働きながら子育てもしていた様子が垣間見えていい。

 

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 ナンナさんは序盤と最終章にしか登場しないサブキャラクターなのですが、彼女の存在はニットがファンタジー的冒険を終えた後に戻るべき人間としての日常生活、彼らにとっての現実世界の象徴であるように思えて非常によいです。

 

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フライパンで悪党をぶちのめそうとするところなんか『天空の城ラピュタ』の親方の奥さんを彷彿とさせる、ナンナさんはとてもいいファンタジー専業主婦です。『リンドバーグ』のファンタジー世界に生活の真実味をつけ、人間の営みがある生きた世界であることを描写しているのは、ナンナさんなのです。

 

 

生きれるファンタジー

飛行石やらドラゴンやらロボットやら天空の城といったファンタジー要素の詰まった世界で、地に足をつけた生活の匂いを感じさせてくれる、ラピュタの親方の奥さんのようなキャラクターが最高に好きなのです。軍隊から解放されて傷心で帰ってきたパズーを見て、家事を切り上げてさりげなく前掛けで手を拭きながら駆け寄ってくるシーンとか素晴らしいですよね。パズーが大冒険をしている時にも彼女は親方の破けたシャツを塗ったり洗い物をしたりして自分たちの生活を営んでいる、ちゃんと生きているんだと感じます。

 

一時的な現実逃避先をファンタジーに求めるのは間違っていないと思いますが、そこではファンタジーの楽しさ・非現実感が重視されているように思います。

 

しかし私は常に現実逃避していたいし、逃避の末に永住してしまいたいとも思っているので、そこに楽しさや目新たしさだけではなく、人間の生活する実存世界としての姿が欲しい。ファンタジー世界に行きたいのではなく、ファンタジー世界で生きたいって感じです。