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しろうのブログ

フィクションの話

メイドインアビス:子供のシリアスと経験の時差

他人がどれだけ物事を真剣に考えているかって、なかなか伝わってこないですよね。どれだけやる気があっても、その先に待ち構える困難問題を乗り越えられる気力・覚悟を持っているのか。他人からすればそれらは全て、結果からしか判断できないものだと思います。

 

他人の目標に対する本気具合は感知しづらい。まして相手が子供ともなれば、さらにわかりづらい、みたいな話をします。

 

 

『メイドインアビス』つくしあきひと

メイドインアビス 1 (バンブーコミックス)


(以下Wikipediaより)
人類最後の秘境と呼ばれる、未だ底知れぬ巨大な縦穴「アビス」。その大穴の縁に作られた街には、アビスの探検を担う「探窟家」達が暮らしていた。彼らは命がけの危険と引き換えに、日々の糧や超常の「遺物」、そして未知へのロマンを求め、今日も奈落に挑み続けている。

ヒロインのリコは孤児院で暮らす探窟家見習い。アビスへの憧れが人一倍強い彼女は、母のような偉大な探窟家になることを夢見ていた。ある日の探窟で、リコは謎の存在に生命の危機を救われる。その何者かが放った熱線の跡を辿ると、そこには少年そっくりのロボットが倒れており…。

 

『メイドインアビス』は孤児院で探検家になる修行をしている少女・リコと、記憶を無くした謎のロボット・レグが、底知れぬ大穴「アビス」の深層を目指して探検していく物語です。

 
主人公のリコは、孤児院の財産をちょろまかしたり、先生の目を盗んで仲間とこっそりアビスへ侵入する計画を企てたりと自由奔放な性格をしています。彼女は「赤笛」と呼ばれる探検家の卵で、アビスの中で生きていくための基礎知識を孤児院で学んでいます。取り立てて特殊な才能があるわけでもない、平凡な少女です。彼女の母ライザは、前人未到のアビス第五層「なきがらの海」から帰還した「白笛」と呼ばれる伝説の探検家で、リコが赤子のころにさらなる深みへと出発したきり戻ってきておらず、死んだのではないかと言われています。ある日ライザの持ち物である「白笛」と封書がアビスの奥深くから見つかり、そのことがリコの背中を押して、彼女は訓練も順序も何もかもすっ飛ばして、母を探すために一気にアビスの深層・第7層のさらに先、奈落へと旅立つことを決意します。

 

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アビスの過酷さと少女のミスマッチ感

リコは勤勉な少女なので、孤児院で学んだアビスの知識はしっかりと頭に入っています。第1~7層それぞれの地形の特徴、生態系、注意すべき生物と危険度、そしてアビス特有の「力場」についても当然ながら理解しています。

 

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『アビス』は深さ数千~数万メートルともいわれる大穴で、その中には強力な力場が発生しており、下へ行けばいくほどその影響は強くなっていきます。力場の強さはアビスの生態系だけでなく、探検家の身体にも影響を及ぼします。それはおりる時には一切生じないのですが、地下から地上へと帰還する際に上昇負荷として様々な症状を引き起こします。奈落で待つ母に会いに行くということは、第5層以下の深淵へと下っていくこと、それは二度と地上へと戻ってこれない、仲間と今生の別れになるかもしれない…それらを全て理解したうえで、リコは探検へと身を投じています。経験も浅く体の小さい彼女がアビスの深層へ入っていくのは自殺と同義であることを、彼女は知識としてはしっかりと把握しています。

 

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しかし、出立シーンの彼女からはそのような深刻さがなく、なんだかわくわく感にあふれています。

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彼女は母に会いたいがあまり甘い覚悟で奈落へ行くなどと言っているのではないか、読んでて非常に不安に感じました。アビス深淵の獰猛な生物に襲われたりしたら、戦闘経験の無い10歳そこそこの少女なんてすぐに捕食されてしまうのではないか。むしろ少しおりていったら生命の危機に瀕して、上昇負荷に苦しみながらも逃げ帰ってくる展開になるのではないか、どうせすぐ戻ってくるのであれば出発のシーンがそこまで深刻にならないのも正解なのかなぁ、などと考えていました。リコの本気度も行動力も出発の時点では全く未知数で、不安でしかなかったのです。

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しかし予想に反して、リコは単行本3巻になっても未だ地上へ帰るどころか、後戻りすることなく地下深くへとすさまじいスピードで進んでいます。そして彼女に襲い掛かる様々な困難が、彼女の本気さ・覚悟の強さを証明していくことになります。

 

 

苦難の経験が少女の覚悟を顕現させる

リコは読者の私が思っていた以上に肝が据わっていて、思っていた以上に強い覚悟を以てアビスに入っていたのでした。深く潜れば潜るほどに厳しい試練を与えられ、半泣きになりながらも過酷な世界を生き抜いているのです。見た目の幼さや、可愛らしい絵柄、ほんわかしたセリフ回しに惑わされて見えなかったリコの覚悟の強さが、迫りくる困難と共に顕現してくるのです。

 

①怪鳥との戦闘

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リコとレグは第2層付近で、獲物の悲鳴を真似して更なる獲物を呼び寄せる怪鳥に出くわします。ここでリコは怪鳥が別の探検家を食っている場面に遭遇して怯えながらも、同行者のリグを身を挺して助けます。この後リコはレグによって救助されますが、怪鳥に巣まで持ち上げられた上昇負荷を受けてゲロまみれになります。

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そんな目に遭った後もリコはケロッとしていて、目の前で人肉を食っていた鳥でも気にせず焼いて食ってしまったり、外見や普段の振る舞いからは見えてこない、したたかな強さ・生命力を見せます。

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弱弱しいと思われていたリコのたくましい一面が垣間見えます。生命の危機にさらされても奈落を目指す信念は折れず、彼女の本気度が探検家としていっぱしのものであることが証明されます。

 

 

 

 ②「白笛」オーゼンとの出会い

第2層を下って監視基地ではライザと同じく伝説の探検家「白笛」の1人・オーゼンと出会います。オーゼンはかつて妊娠中のライザと共にアビス深層を探検し、そこで生まれたリコを上昇負荷から守る特別な容器「呪い除けの籠」に入れて地上へと持ち帰った人物です。ライザに偏執的な感情を抱いているオーゼンはリコを嫌っており、甘ちゃんに見えるリコの探検にかける思いを試すように、彼女を精神的に揺さぶります。

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 さらにオーゼンは、リコの出生に関わる嫌な事実を彼女に叩きつけてきます。

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 10歳の少女が受けるにはあまりにも重いプレッシャーに対して、彼女は気丈に立ち向かっていきますが、白笛最強の怪力を持つオーゼンの前に成す術もなくボコボコにされてしまいます。

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肉体的にも精神的にもねじ伏せられて到底太刀打ちできない相手に対して、ここでも彼女は折れることなく抗います。探検家として最強の存在ライザを目指すことの厳しさ、母と同じく異質な自分の運命を受け入れ、なお前に進む芯の強さを見せます。

 

 

 ③タマウガチの毒と上昇負荷

オーゼンの下を離れ、リコとレグはさらに危険度が増す深層へと進み、第4層であるモンスターに襲われます。

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毒を受け生命の淵に立ちながらもなおアビスの先へと進むため、リコはまたしても幼い少女とは思えない根性を見せます。

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敵から逃げるために、あえて第4層の上昇負荷を受ける選択をとる。第4層の上昇負荷は、全身の穴という穴から血が噴き出すという恐ろしいものです。

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逃げるための上昇負荷に加え、手に受けた独が全身に回らないよう、手を斬りおとしてくれとレグに懇願します。

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この後リコとレグは第4層に住むケモノ少女に奇跡的に助けられ、腕も何とか切らずに残りますが、レグが泣きながらリコの腕を折るシーンなど、出発時の柔らかい雰囲気からは想像つかない壮絶さでした。

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幼く純真無垢で何も知らないように見えて、その実厳しい現実を飲み込んで抗う精神の強さが出来上がっている。そういった意味でリコというキャラクターは、どことなく『ハンターハンター』のゴンに似ている気がします。


10歳そこそこの少女が甘い考えでアビスへと入り込んだのだと、彼女の覚悟の重さを軽んじていた自分が少し恥ずかしくなりました。子供に経験や知識が伴っていないのは当然のことで、その瞬間瞬間に彼らが心の底からシリアスであることは、知識経験に関わらず、彼らにとって真実なのです。彼女は出発の瞬間から現在まで、変わらず本気であり続けています。それが苦難を乗り越える際に、目に見える覚悟として読者である私の前に姿を現し、そのギャップに驚かされてしまうのです。

 

 

子供の本気と覚悟の時差

子供の言う「本気」って、大人からしてみればものすごく甘ったれたもののように思えてしまいます。それは大人の中でも若者と壮年の間、老年と壮年の間でも起こる現象で、人生経験の少ないものが言う「本気」というものの信憑性は、言葉の真意に反して薄く感じられるものです。

 

とはいえ子供が示す本気とは、経験知識がないなりのありったけの本気であるし、経験知識を踏まえ推敲を重ねた大人の本気と、実現可能性に違いはあれど、彼らの精神領域の大部分を消費して出来得る限りの力を注ぐ「本気」という意味合いに違いはありません。経験知識がそもそもない子供にとっては、精神的真剣さだけでも十分の「本気」になりえます。足りない経験は後からやってくる、「本気」の精神は経験と出会い、それを乗り越えるための「覚悟」を生む起爆剤となります。

 

つまり子供と大人では心に「本気」を生むタイミングは同じでも、「本気」に知識と経験を足した「覚悟」を作るタイミングが違ってくる、その時差が子供の「本気さ」を軽いものであるかのように見せてしまうのだと思うのです。

 

その真実の真剣さが自分の中にあれば、子供だろうが大人だろうがその行動には力強い芯が入るのです。


楳図かずおの『わたしは真悟』の主人公・悟と真鈴は互いに好きあっていながら大人の事情で引き離されてしまい、せめて好きあった証に子供を作ろうと知識がない小学生ながらにいろいろ四苦八苦したあげく、東京タワーの頂上から二人で飛び降りるという素っ頓狂な行動をとります。大人たちは彼らの主張に耳も傾けず、子供の言うことだししばらくしたら熱も冷めて忘れるだろうと、彼らの真剣を酷く軽んじた態度をとります。悟と真鈴がそこまで思い詰めているとは、そこまでの行動をとるほどに真剣であったとは誰も思っていなかったのです。大人の判断と子供の無知が食い違い、子供の真剣さだけが独り歩きして大きな事件へと発展してしまったのです。

 

私はもう子供ではなく、子供の考える本気をダイレクトに共感することができなくなっているということ、そしてこれから私がさらに年を取るにつれて、次第に彼らの本気をナメてかかるようになり、そのたびに彼らの行動からその本気度を知らしめられて腰を抜かしたりするのだろうと、けっこうそれも楽しそうだなぁと思ったのでした。