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フィクションの話

カラスマタスク『ノー・ガンズ・ライフ』:頼み事の自分勝手さを呑みこむ話

日々生きていくうえでは、周りからくるさまざまな頼み事もいちいち断るのが面倒だったり相手の意志を確認するのが面倒だったり、中身を精査するのが面倒だったりで、何となく引き受けてしまう事が多いです。その少しの面倒くさがりのせいで、依頼の中に含まれる理不尽や相手の自分勝手に気づかず、結果自分ばかり損してしまう事もありますし、相手と自分のモチベーションを同期できず、雑な仕事をして相手に迷惑をかけたりすることがあります。

 

ウルトラジャンプで連載中のハードボイルドSF漫画、カラスマタスク先生の『ノー・ガンズ・ライフ』の感想を出しにそんな感じの話をします。

 

カラスマタスク『ノーガンズライフ』

ノー・ガンズ・ライフ 1 (ヤングジャンプコミックス)


『ノー・ガンズ・ライフ』は、戦時下に生まれた人体改造技術「拡張」が戦後民間へと流入し、体の一部を機械化した「拡張者」たちが日常近いところに存在する世界を描いたSFハードボイルド漫画です。主人公の乾十三(いぬい・じゅうぞう)は戦争時に拡張兵器・ガンスレイブユニットとして改造された、銃頭の元・軍人です。彼の頭の銃、引き金を自分で引くことはできないものの建物を数棟貫通するほどの威力を持っており、戦争中彼は自分の意志と関係なく誰かに引き金を引かれ続け、数えきれないほど人を殺してしまった過去を持っています。現在彼は軍を抜け、過剰拡張者達が起こす問題事を解決する「処理屋」の仕事をしています。

 

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『ノー・ガンズ・ライフ』は連載が始まる何か月か前に、ウルトラジャンプに読切が載りました。その時も気になったのですが、タイトルが『ノー・ガンズ・ライフ』No Guns Lifeでありながら、主人公の頭が銃というのは凄く挑発的な矛盾ですよね。

 

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戦争が終わり、十三が頭の銃を使わなくてもいい日々が訪れたはずなのに、未だに彼は闘い続けていることを皮肉っているのかなぁとか。乾十三の頭が銃、脳が銃っていうダジャレも入ってるのかなぁとか。物語の最後には十三の頭が人間に戻る展開がやってきて、過去を清算する日が来るのかなぁとか、いろいろと想像しています。

 

「処理屋」の仕事は探偵稼業のようなもので、問題を抱えた人間から依頼を受け、問題処理を代行することで報酬を受け取ります。依頼の難易度や見返りの釣り合いを判断して仕事を請け負う、万屋銀さんと同じような仕事です。十三はあまり見返りを求めることがなく、それでも一度引き受けた仕事には最後まで責任を持ちます。困っている人間の頼みをなし崩し的に引き受けてしまう一方で、マフィアまがいの人間から過剰拡張者の処理を依頼された時はきっぱりと断るなど、引き受ける仕事内容にも確固たる線引きをしています。それは依頼人の意志が十三の心に響くかどうかという、とても主観的であいまいな基準ですが、十三は依頼を受ける際にそのことをとても重要視しています。

 

十三には戦争中、ヒト型兵器として自分の意志とは関係なく頭の銃を利用され、殺人兵器として扱われてきたという暗い過去があります。

 

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処理屋という仕事上誰かの意志を代行する彼は、ともすれば他人の悪意に利用されかねない立場にあります。その身に強大な力を宿したガンスレイブユニットとしてその力が悪用されないようにか、あるいは人を道具のように扱う人間たちへの反発からか、十三は徹底して依頼者の心をためします。他人から依頼を受けて報酬を得る、そんな仕事を生業にしていながら、納得のいかない仕事は絶対に引き受けないという職人的頑固さ、およそ商売には向かない人間的なこだわりだと言えます。しかしそれは、人に何かを頼む、あるいは人から頼まれるということの、真っ当なやり方を通しているだけであるようにも思えます。

 

 

 

頼み事の自分勝手を覆い隠す名分

 

本来自分がやるべき行為を他人にやってもらうというのは、それほど簡単なことではありません。

 

依頼側からすれば、何故自分がそれをやることができないのか、理由を説明しなくてはいけないし、相手に納得してもらう必要があります。ただ自分でやる手間を惜しんでいるだけだとか、責任を避けるためだといった理由では、相手に快く引き受けてはもらえないでしょう。さらにはその仕事を引き受けたいと、真剣に取り組みたいと相手に思わせることも必要です。任せたは良いものの、相手に仕事へのモチベーションがなく雑に片づけられてしまったなら、不十分な部分の修正や後戻りを生じさせ、かえって損をしてしまいます。確実に頼みごとを引き受けてもらい、質の良い仕事をしてもらうためには、依頼主と請負人のモチベーションを同じ高さに揃えなければいけません。

 

それを人間的説明もなしに、合理的に片づけてしまうのが報酬です。仕事内容にかかる労力に対して、それをはるかに上回る見返りをつけることで、請負人のモチベーションを強制的に持ち上げてしまう事ができます。やる気の起きない頼みごとでも、報酬というモチベーションで奮い立たせられる、こうなると頼みごとはビジネスの色を帯びてきます。

 

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あるいは依頼側と請負側との間に事前に信頼関係が構築されていれば、詳細な事情説明などを入れることなく依頼関係が成立します。家族や友人、あるいは仕事仲間など、困っている相手を助けるのに理由がいらない親密な間柄であれば、見返りも必要ありません。

 

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頼む側も頼まれる側も、依頼内容を吟味することなく軽く引き受けることになるでしょう。親切心から相手の協力をこぎつけるという意味では、同情を誘うような事情説明も同じような効果があると言えます。

 

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こうして行われる依頼は、他人に自分の人生の一端を手伝わせるということの面倒くささを利害・信頼・同情・親切といった名分で隠ぺいした自分勝手の塊を、何とか相手に呑みこませる行為です。誰かに物事を頼むには、この自分勝手をどうにかして押し通す必要がある。だから皆、見返りや信頼関係・同情心を煽るなどして相手に受け入れやすい形に、苦い風邪薬をゼリーで包む感じに、自分勝手さを隠して押し通します。

 

 

しかし、乾十三には報酬・信頼関係というモチベーション効果が全く期待できません。

 

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全ては依頼人の意志が十三に伝わるかどうか、十三が依頼人と同じモチベーションを持てるかどうかにかかっています。なので依頼主は、自分がどれだけその依頼の実行を望んでいるのか、余計な建前を省いた真意を、彼に伝える必要があります。

 

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依頼の中に含まれる自分勝手さを覆い隠す何か、正義だとか組織のためだとか、そういった余計な大義名分を十三は剥ぎ取った、ただただ自分勝手な願望を吐き出すことを、十三は求めます。そこには依頼主の本当の声、本当の願いが現れてくるからです。報酬・信頼・同情に目を曇らすことなく、あくまでも別個の人間として依頼人と向かい合う様子が、人にものを頼むということがどういうことかを再確認させてくれるようで、とても良いのです。そして依頼主の心が届いた後の、十三の頼もしさはとてつもなくかっこよい。

 

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自分が何かを頼むのであれば、自分の意志を相手に伝える義務を果たしたいし、頼みを引き受けるのであればそこに相手の自分勝手が含まれているか、その自分勝手を許容するに足る理由があるか、相手が自分勝手にならないように纏わせたあらゆる建前を引っぺがして、真意を読み取ったうえで呑みこめるようになりたいです。