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フィクションの話

坂ノ睦『あやしや』の日常描写が好きだ

 

漫画やアニメでは中盤につかの間の休息として、戦いから解放された登場人物たちの素顔が見れる日常回ってやつがよくありますよね。ファンタジーやSFもので常に重苦しい表情を浮かべている登場人物の安らいだ姿、楽しそうにしている様子を見るのはとても楽しいです。

 

しかしあくまでそれらはつかの間の休息であるからこそ魅力的に見えるのであって、日常回が多すぎると緊張が緩んでしまい、闇から安らぎへのギャップが弱まって日常回の魅力も逓減していきます。『ワンピース』も『ドラゴンクエスト』も、戦いの後の宴は一夜だけなのです。

 

 

今回は、ゲッサンで連載中の鬼漫画、坂ノ睦先生の『あやしや』について思ったことを書きます。この漫画ダークファンタジーにしては日常描写の割合がとても多いのです。

あやしや(1) (ゲッサン少年サンデーコミックス)

「坂ノ睦(ばんのむつみ) 」と読むそうですよ。

 

夜になると悪鬼が現れ人を食う街「都」を舞台に、鬼を食う鬼「だまり」に憑りつかれた少年・仁が鬼を狩るという話です。仁は12歳ながら呉服屋「綺糸屋(あやしや)」の二代目であり、突如現れた「顔の無い鬼」に従業員と実の母を皆殺しにされ自身も致命傷を負って気を失うのだけれど、目が覚めてみるとなぜか傷がふさがっており、代わりに記憶の無い鬼「だまり」に憑りつかれてしまっていることに気づきます。

 

「だまり」は鬼を食う鬼、「だまり」が憑依を解くと仁は全ての傷が開いて死んでしまう。一方「だまり」には手足がなく仁の周囲の限られた範囲しか移動できず、鬼の魂を食い続けないとすぐに死んでしまう。仁は「顔の無い鬼」を探すため、「だまり」は食事と記憶を取り戻すため、彼らは共同して「都」の鬼を狩る活動を始めます。

 

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謎の多い「顔の無い鬼」、鬼を退治する都の警察的組織「鬼導隊」、悪鬼と一線を画する霊能高き一族「鬼神族」など、いくつもの集団の思惑が複雑に絡んだ濃厚な暗黒幻想漫画となっています。

 

 

主人公たちの探索活動は進展しないものの街には強力な悪鬼が次々に出現。さらにかつて鬼導隊を裏切った悪役の登場や、鬼導隊内部でも様々な陰謀・策略がうごめき物語の緊迫感は徐々に高まっており、毎月読むのがとても楽しみです。

 

 さてこの漫画の登場人物たちはみな、とてもつらい過去を抱え現在に至るまでそれを克服できずに苦しみ続けている人間ばかりです。仁は毎晩「綺糸屋事件」の悪夢にうなされ、自分に取りついた鬼の魂を維持するため毎晩狂暴な人食い鬼に戦いを挑み、次第に鬼導隊にもマークされるようになって人からも狙われるようになる、孤独な世界に沈み込んでいきます。仁の仲間たちが生きる道もまた、とても暗く終わりが見えない。

 

山に捨てられ追剥として汚い人生を送ってきた赤毛少年・楽

あやしや(2) (ゲッサン少年サンデーコミックス)

 

絶大な力を体に宿しているがゆえに誰かに殺されることを望むようになった鬼神族の少女・花

 

あやしや(3) (ゲッサン少年サンデーコミックス)

 

最愛の兄を鬼に殺されかたき討ちのために鬼導隊に入った少女・咲

あやしや(4) (ゲッサン少年サンデーコミックス)

 

みんな平穏な生き方を一度放棄して不幸に生きることに慣れてしまっている。

 

とにかく設定だけ見ればとても暗くて重い暗黒絵巻になりそう、なのに『あやしや』は日常的休息描写がとても多いのです。それも話が進んで物語のテーマが重くなっているのに反比例するように、幸せなほんわか日常描写が増えていっているように感じます。

 

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例えば鬼導隊の見習い少女・咲が自慢の黒髪をぶった切って命を削って鬼を撃破し、こん睡状態に陥った壮絶なバトル回、そのあとに続いたのは仁・楽・花が初めて一緒に食卓を囲むほんわか回、そのあとには復活した咲が「綺糸屋」にやってきて花に髪をそろえてもらい、仁に新しい服を見立ててもらう楽しいお着替え回、幸せな話が続きました。

 

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 暗い物語が中心にあるのですが、決して読んでて暗い気持ちにはならない。切迫した状況の後にも日常がすぐに戻れる距離にある、そんな安心感があります。

 

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幸せを捨てたものたちが、普通の生活に戻る

この漫画はストーリーの主軸こそ鬼を退治するダークファンタジーなんですが、もう一つのテーマとして、「人の道を外れてしまった主人公達が、普通の日常を生きることができるよう復帰すること」を最終目標に据えています。

 

似たような境遇の仲間に取り巻かれて過ごしていく中で自分が本当に取り戻したいものが何かを見つめ直し、普通の人間としての生活を取り戻すための努力をするようになるんすね。

 

楽は、人間をやめて鬼になるという野望を捨て、綺糸屋で人としての生活を送る。

花は、咲と出会ったことで鬼導隊に対する憎しみ・恐怖を克服していきます。

そして仁は、楽と花の後押しを受けて呉服屋「綺糸屋」の営業を再開しようと踏み切ります。

 

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影の世界を生き平穏な日常を諦めた彼らが、改めて穏やかで幸せな生活へと少しずつ戻っていく、『あやしや』の物語の終着点はきっと平穏であり、戦いでの勝利ではないのです。

 

 

 

まぶしく映る平穏な日常

彼らのそんな願いをより増幅させるように、彼らを取り巻く日常は異常なほどに輝いて見えます。彼らが普通に幸せに仲良く生きていけるようになることを願ってしまうような、鬼など関係ない世界の美しさ楽しさがたくさん目に入ってくるのです。

 

物語の舞台「都」におけるちょっとした建物・衣服・小物の描写への力の入り方がすさまじく、アジアンテイストの趣がとても美味しい。甘味処とか診療所、綺糸屋、鬼導隊の控室など、家屋に住む人間の営みを感じさせる小物描写が素敵です。

 

貼り紙一つとっても、、読み物の積み方も、そこに住む人間の知恵や努力、習慣が反映されているような、記号に留まらない存在感を放って私の目に入ってくる。生活感とデザイン的な楽しみが同時に押し寄せてきます。

 

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 これとか血を抜くための装置らしいんですが、なんでしょうねこれは

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楽・花・咲の着ている服なんかは何度もモデルチェンジしていて、季節に合わせたどてらや羽織まで用意されています。彼らの服は全て作中で仁が見立てていて、呉服屋としての本業から離れて闇の世界を生きていた彼にとっては久々に感じる幸せであり、呉服屋再開へのモチベーションの一つともなっていました。戦いとは無関係な生活の愉しみが、かなりがっつりデザインされた感じで出てくる。

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美味そうな食べ物

また『あやしや』にはいろんな美味しそうな食べ物が出てきます。

 

仁は「だまり」に憑りつかれてからというものの食欲と味覚がマヒしており、「綺糸屋事件」以降半年間何も食べずにいたことに気づかない程、食べ物への関心が薄れてしまっています。そんな彼が咲と花の尽力によって、次第に物を食べること、食卓を囲むことの幸せを取り戻していきます。そのための描写として、花が料理をふるまうシーンがよく出てくるのですが、それがめっちゃうまそうなんですよね。

 

この焼いた米に味噌塗ったやつとか本当に

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なんなんでしょうねこのさっさぱらぱらは

 

彼らが戻るべき平穏の世界が、非常に魅力的なんです。

 

『あやしや』の魅力は物語の重厚さやおどろおどろしさと、その真逆にある平穏な世界が独立せずに地続きで隣り合って描かれることで、登場人物と読者の平穏への欲求をうまいこと駆り立てているところにあるのかもしれません。

 

最初に行ったことと真逆の結論になってしまうのですが、なんにせよ私はファンタジーなのに日常描写が多い『あやしや』が大好きなのです。

 

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「あやしや」坂ノ睦インタビュー、「忍びの国」の新鋭がその発想のルーツを語る (1/4) - コミックナタリー Power Push